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やっぱりカンニング竹山のすべらず切ない話は滑稽なのだ

こんにちは、ゲイブロガー(@gay_nazo)です。

 

僕は同性愛者です。

男性が好きなんですよね。

実際に恋もしたり、お付き合いしたり、肉体関係があったり。

 

そんな僕自身、この記事にはとても共感したのであります。 

azanaerunawano5to4.hatenablog.com

 

やっぱりね、おかしいんですよ。

竹山氏が話していたそれは、笑えるネタ。

 

ゲイの人、オカマの人って、そんなに受け入れられるものなのか。

もっと社会から離れた場所で、ひっそり生きているものではないのか。

 

人間の生きている意味の中に、子孫繁栄というものがあるとすれば。

同性愛からは、何も生まれないのです。

マイノリティを主張する人もいますが、それが正しい訳ではない。

 

ただ、何も言わないマジョリティ集団にずけすけ乗り込んできて、大きな声をあげているだけに過ぎない。

 

竹山氏が「愛していた」と言われたときの「愛」ってのは、恋愛感情でしょ。

それを家族に言えるという環境も、その相手が竹山氏だったということもおかしい。

竹山氏は既婚者なのですから。

 

僕か故人側の立場で、どうしてもそれを伝えたいのであれば。

こっそりと「こんなことを言っていたことを思い出すよ」程度にしておくだろう。

 

家族を若くして失った人の感情というものはあるにせよ。

やはり、同性愛というのは受け入れられないもの、おかしいものなんです。

 

でも、そのおかしい中で悩みながら生きていくところに、同性愛者である強みがあるのだと思いますが。

悲劇のヒロインが大きな声を出すと、ちょっと意識の高い人たちが集まり出す。

同じく大きな声で、差別だ、差別だと言うんです。

 

同性愛者という考え方が、社会的には必要だとは思います。

「違った意見、違った考えを持っている人」ということです。

だからといって、同性愛者が認められたり、社会でノビノビ生きていける環境というのは必要ない。

次の世代につながるものが無いから。

 

差別される世の中であってもいいんですよね。

ただ、同性愛という考え方があり、同性愛者が少なからずいるんだ。

ということを分かってもらえれば。

 

おおっぴらにしたり、声高らかに宣言したり、デモ運動をしたり。

そういうのは、ちょっと違う気がします。

 

同性愛者が共存できる社会、同性愛者が認められる社会。

それが正義だと思っていませんか。

それは、もっと小さな、閉鎖的なコミュニティであれば、そこで認められればいい。

 

共存できないし、認められない。

その認識をみんなが持ってくれることが、一番なんだと思います。